前回のブログでご紹介したイゴール・ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽の中で一番有名なハルサイこと「春の祭典」、私がクラシック音楽今まで一番多く聴いたであろう「火の鳥」、そして「ペトリューシュカ」それぞれご存知な方も多くおられると思います。私がこのところほぼ毎日聴いているのは「プルチネルラ」であります。私が現在所有していて今最も聴く頻度の高いアナログ盤、ネヴィル・マリナー指揮/アカデミー室内管弦楽団、そしてたまに聴くクラウディオ・アバド指揮/ロンドン交響楽団のそれぞれのライナーには一言も書かれていない非常に重要なことがあります。他の盤に書かれていたらすみません。2017年8月24日アップした新着情報のブログの中で紹介した”中公新書/岡田暁生氏著/西洋音楽史”の第七章、<20世紀になにが起きたのか/P.209>に書かれています。岡田さん、すみません!勝手に抜粋させていただきます。ちょと長いですがお付き合いください。とても面白いお話なので。
「彼(ストラヴィンスキー)のパロディ技法、超一流の作曲家にして初めて可能な、実に精緻なものである。たとえば ”プルチネルラ”の冒頭の典雅な主題。最初のフレーズには一箇所だけ、18世紀には絶対ありえなかった不協和音が混入している。腕のいい贋金(にせがね)づくりは、本物そっくりの偽貨幣の中に、素人が見ても絶対に分からないような、本物とは違う箇所を必ず一つ作ろうとすると聞いたことがある。ストラヴィンスキーの創作にもこうした贋作の美学とでも呼ぶべくものがある。” プルチネルラ ”の冒頭のこの不協和音の混入は、それが即座に<偽物>であることを聴き分けられるだけの音楽史の知識と鋭い耳をもっている筋金入りの通のための一種の暗号なのだ。その意味でストラヴィンスキーの新古典主義時代の作品は、極めて難解な ”現代音楽 ”であるといえよう。このようにストラヴィンスキーのパロディ技法は、決して誰にでも真似できるようなものではなく、あの ”ペトリューシュカ ” や ” 春の祭典 ”を書いた彼にして初めて可能な、一種の曲芸であったことは確かである。
初めて「プルチネルラ」を聴いた時に感じた ” なんか変な感じ” はこの不協和音のせいだったの?かもしれませんが、同時に感じたのは ” なんとなく懐かしい感じ” です。なにがどう懐かしいのかはわかりませんが、私にとっては、一度はまったらなかなか抜けられない ”実に不思議な ” 魅力をもったバレエ音楽なのです。
ストラヴィンスキーの生涯を語る時、辣腕のバレエ興行師セルゲイ・ディアギレフの名前を忘れる事はできないみたいです。1909年以来、彼の主宰する ” バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)” は約20年にわたって世界のバレエ界を席巻し、3大バレエ音楽は全てディアギレフとの厚い友愛によって生み出され、「プルチネルラ」も彼の依頼によって作曲されたものです。ネヴィル・マリナー盤のレーベル/東芝EMI、レコード番号/EAC-90148、アバド盤のレーベル/ドイツ・グラムフォン、レコード番号/POJG-9005(小さい数字で2531 087)になります。私が好きな盤の条件として、重視するのは ” 大太鼓 ” がしっかりと再現されているかです。ということで私はネヴィル・マリナー盤の方をお薦めします。というのはこの盤には、「組曲第1番〜小管弦楽のための」、「組曲第2番〜小管弦楽のための」という魅力的な二つの曲がB面に収められており、そこで大太鼓のズシンとした響きを体感できます。低域は耳より体で感じるものではないかと。ジャケットに使われている写真は「プルチネルラ」に登場する道化師達のお面、コスチュームが何とも不思議な世界観を表しています。ジャケットデザインは非常に大事な要素だと思います。
このバレエ音楽<プルチネルラ>の成り立ちは、ディアギレフがミラノやナポリの図書館で、18世紀イタリアの作曲家ベルゴレージの未発表の楽譜を発見し、これをストラヴィンスキーに見せて新しいバレエ音楽を書くように依頼したとのことです。ストラヴィンスキー自身もベルゴレージの音楽に気に入っていたのでさっそく作曲に入り、1919年に書き上げたとのことです。この作品には ” ベルゴレージの音楽による一幕の歌とパントマイムを伴うバレエ ” という副題がつけられています。ただ、最近の研究では、従来ベルゴレージの作品とされていたこれらの曲はベルゴレージのものの他に、ドメニコ・ガロ、フォルトゥナート・チェレーリ、アレッサンドロ・パリソッティ、それに、作曲家不祥の作品が含まれていることが明らかになったそうです。私にとってはまったく知らない名前ばかりですが。